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読んだ本を紹介します。
談志、あるいは神様、あるいは落語
立川談志 古典落語特選 1 立川談志 古典落語特選 1
立川談志 (2003/07/16)
ポニーキャニオン

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神との対話―宇宙をみつける自分をみつける 神との対話―宇宙をみつける自分をみつける
ニール・ドナルド ウォルシュ (2002/04)
サンマーク出版

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私にとって生き神様は、立川談志。
うまいとかえらいとかなるほどとか、
そんな話を超えています。
すごいと思うことを挙げたらキリがなく
おかしいといわれても、
すごいんだからいいじゃないか、と。
私のなかでは
一切の批評を受け付けないため、
師匠は神様のカテゴリー入り。
テレビでしかご覧になったことのない方は、
一生のうちに一回でいい、
夜中にじっくりとDVDをご覧ください。

先日、師匠の独演会でのこと。
帰属、についての話がありました。

人間っていうのは帰属しなくちゃいられない。
〜が好き、〜を信じている、〜派だ、
何かに属さないと不安で仕方ない。
犯罪者がいれば、オカシイと言って一斉に叩く。
常識に属せば安心する。
でも、本当はそんなもの何にもない。
落語は、本当はなんにもないってこと、を知っている。
落語を演っているヤツは知らないだろうが、
落語自体はそれを知っている。
だから落語を信頼している。

それを聴いていて、
ふと思い出したのが「神との対話」の神様。
この神様はニール・ドナルド ウォルシュ
という作家の頭のなかに降りてきた神様だ。
 
 まずはじめにあったのは、
 「存在のすべて」、
 それだけだった。

 「存在のすべて」自分を分割した。
 栄光の一瞬に「これであるもの」と、
 「あれであるもの」となった。
 また「どちらでないもの」も存在している。

神様は、自分を知るために、魂を分割し、
自分ではないものに対峙することで
感情を知り、愛を知ろうとしたのだ、
と話しているんです。ゆえに……
 
 ものごとは、
 それ自体には正邪はない。

人は死ぬまで帰属し続ける。
何かに、どこかに。
例えば、常識、に帰属して得られる
つかの間の安心。
その安心に、愛、はあるのか。

談志、あるいは神様、あるいは落語。
談志の落語を聴いて、
解き放たれる瞬間に広がる
大きな大きな不安こそ、自由。

聴き終えて、席を立ち、
凡人の私は、次の帰属に向かうのです。
ちょっとはマシな帰属に向かいたい、
と切望しながら。